2019年の秋、以前勤めていた旅行会社グループで、多様性を認め合い、働きやすい会社を作るキャンペーンがありました。そのイベントの一つに「異能異才セミナー」という催しの告知があり、目にした私は迷わず応募したのです。本来の仕事とは関係が無いけれど、趣味や副業で、人には無い特殊な技能・才能を持っている人に、それをグループ内で披露する機会を提供しようという試みでした。
私は個人的な興味と危機感から、日本の森林・林業について学び、様々な経験や知識を得てきました。しかし、本業は福利厚生事業の経理や営業管理で、その知識を生かせる可能性はほとんどありません。社内の新規事業公募などにもアイディアを出しましたが、全く顧みられませんでした。しかし、折しも森林環境譲与税の前倒し配布のニュースが流れてきたことから、その内容や意義を併せて伝えることで、聞いてもらう価値のあるセミナーにできるのではないかと閃いたのです。
概要を申請書類に記載して送ったところ、私は講演者に選ばれ、名古屋で約1時間、話をすることになりました。講演の内容は後日企業グループの共有Webサイトにもアップされるので、関心のある他の地域の方にも見てもらうことが可能です。本業の傍ら、私はその準備に没頭しました。
振り返ってみると、私が人様に向けて、日本の森林・林業の実情や課題、そうなった理由や今後の取り組みなどについて、まとまった話をするのはそれが初めてのことでした。これまでも、セミナーやイベントで知り合った人に個別に話をすることはありましたが、テーマを掲げ、それを聞くために集まった人を相手に話すというのは、全くの別物です。いい加減な内容ではダメだと、帰宅後は連日、不得手なパワーポイントに向き合いました。
定年後は森林・林業に関する情報発信をしたいと、漠然と思っていた私ですが、実際にそのコンテンツを作る作業には苦労しました。普通の営業マンなら、ネット上の様々な情報を取捨選択し、信頼性が高く、引用が可能なものを使って資料を作ることは日常茶飯事でしょう。しかし私にはそのような経験がありません。結局、一番頼りにしたのは、毎年林野庁が発表している「林業白書」でした。そこに記載された数字や図表は、出典を明らかにすれば誰でも使うことができます。イラストなどは、前年に自力でホームページを開設した際、作ったものが役に立ちました。
講演資料は、日本の森林・林業の実情と課題、その解決のために制定された森林環境譲与税の意義とその内容、それを私達の企業グループでビジネスに生かすとしたら、どんな可能性があり得るのか、といったことをまとめて発表しました。ただし、仮に興味を持った人がいたとしても、私自身が仕事としてその取り組みを進める訳にはいきません。そこは行政や法人向けの旅行部門の担当者に、窓口になってもらうよう、予め依頼しておきました。
講演の内容が少し難し過ぎたのか、反響はそれほど多くありませんでしたが、そのセミナーがきっかけで、私が森林・林業に関する専門家とは言わないまでも、一定の知見の持ち主であるということが知られるようになりました。そして会社を退職した今でも、法人や教育旅行部門の方と、森林環境譲与税を使った教育プログラムの作成や導入について、情報・意見交換をする関係が続いています。最近、森林環境譲与税について、多くの自治体で使い道が決まらず、基金に積まれたままになっていることを問題視する報道が相次いでいます。都市部の自治体を中心に、かつては様子見の姿勢が目立ったようですが、批判を受けてか、提案を真剣に聞いてくれることが増えたそうです。勤労者一人につき1000円という、せっかくの財源ですから、是非有効に使って欲しいものです。
異能異才セミナーは私にとって、それまでのような物品ではなく、知見や情報をビジネスにつなげる、大事な一歩だったのだと思っています。
文月ブログ
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