2017年に静岡県掛川市にある「事任八幡宮」を訪れ、私は自分の行いと望みを、日本の行く末のあるべき姿の実現に重ねようと決心しました。その具体的な方法を考え続けるうちに、自分にできる行動として、「この木どこの木?」と問いかけるキャンペーンをしかけてみようと思ったのです。
このフレーズは、誰でも知っている「この木なんの木?」という大企業のCMを意識したものです。そのような一部違いの文章には、茶化して楽しむパロディや、敬愛の情を下敷きにしたオマージュ、といったものがあります。「この木どこの木?」は、言ってみれば「本歌取り」で、良く知られた言葉を一部変えることで、その情趣を利用しつつ、何故?という疑問を持ってもらう狙いがありました。「どこ」という言葉に込めたのは、その木材がどこで育ったのか、どのように加工されてここに来たのか、といった「木材トレーサビリティ」の重要性を人々に訴えたかったからです。
世界では、違法伐採や、環境負荷を十分に考慮しないグレーゾーンの伐採行為によって、森林やそこに住む住民、野生動物達が深刻な影響を受けている現状があります。2020年にオリンピックが予定されていて、競技施設の建設に、そのグレーな木材が使われているという環境NGOの指摘もありました。日本では、違法とまで言えずとも、木を全て伐った後に再造林をせず放置されるケースが後を絶ちません。そのように森林の維持にかける費用を負担しない山主の出した木材も、お金をかけて再造林を行っている山主の木材も、市場では同じ土俵で競争せざるを得ないのです。その矛盾を正していくためにも、一般消費者が木材の産地に関心を持つよう仕向けたいと思いました。
木材の主要な用途は建築ですが、多くの人にとっては一生に一度建てるかどうか、それに比べると、家具や木工品の方が、関心を持ってもらい易いでしょう。しかし、少なくとも当時、自分が良く利用する日用品店や、欧米の有名な家具メーカーは、国産材を使った商品をほとんど置いていませんでした。自分の口に入る食品の場合、国産品かどうかを当然のように確認するのに、家具やその他の木材製品は、どこの木を使った商品かに全く無関心、その状況に一石を投じたいという気持ちでした。店頭で、店の担当者に「この木はどこの木ですか?」と尋ねてみましょう、そう呼びかけたのです。そういう人が増えれば、店は消費者が木材の産地に関心を持つようになってきた、と判断し、国産材商品の仕入れに目を向けるかもしれません。
2018年の夏、このキャンペーンを発信するために、私は自力でホームページを作るという難事業にトライしました。最初は幾人かの知人に依頼してみましたが、対価を払うお金もなく、自分でやるしかないと覚悟を決めたのです。幸い、ネット上には比較的安価に、しかも簡単にホームページを開設するための専用サイトがありました。やってみると、文系の私でも時間をかければ何とかなりそうです。毎晩、使えるフリー素材を組み合わせ、伝えたい内容を丁寧に書き、パワーポイントで作った図表を貼り付けて、1か月ほどで完成させることができました。ただ、試しにネットで検索しても、「この木なんの木」に関連するサイトがあまりにも多く、「この木どこの木」は全くヒットしません。検索上位に表示させるためのSEO(検索エンジン最適化)という技術も知らず、多少かじったところで到底歯が立ちませんでした。
結局、キャンペーン自体は、自分のSNSアカウントや知人を通して拡散を試みたものの、人々の注意を引き付けるには遠く及びませんでした。膨大な情報が溢れるネット上で、いくら正しいことを発信しても、それだけでは一顧もされないと学んだのです。それでも、考えるだけで何もしない状態よりはずっとマシでしょう。森林ボランティアを目指して挫折したような、これまでの経験と同様に、やってみてダメなら別の方法を試せばいいと、自分に言い聞かせました。
持続可能な森林経営を第三者が審査して認証する「FSC」という森林認証がありますが、「木材トレーサビリティ」は、その認証が示すことのできる価値の一つでもあります。木材価格を上げ、適正化していくために、森林認証を活用するという案も検討されていくでしょう。「この木どこの木?」キャンペーンの活動は、そんな今の私につながる、キツい、しかし効果のあるトレーニングだったと思います。
文月ブログ
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