この体験塾では、何人もの大工の棟梁が私達を指導してくれました。塾生は安価な大工道具一式を購入し、指金の使い方から墨付けのやり方、ノミやゲンノウの扱い、鋸の挽き方など、一通り教わって実践に移ります。当時宿泊していた古民家は30人近い人が泊まれる広さでしたが、昔の人と現代の私達では水回りの感覚が大違い、トイレが一つしかありません。風呂も狭いので、汗をかいても全員は入れないのです。そこで、古民家の庭先に、トイレと風呂・多目的室を備えた小屋を建てることになっていました。経費を節約するため、材木や風呂桶など、多くを協賛社からの寄付や、不要品を譲ってもらうことで賄ったと聞いています。
大工さん達と一緒に作業すると、何とすごい人達なのかと感嘆することばかりでした。指金一つで複雑な螺旋階段まで設計してしまう頭脳、手際の良さや段取りの確かさ、道具への愛着と手入れに費やす時間など、実際に接するまで想像もできなかった能力を目の当たりにしました。その当時も、既に住宅建築はプレカットが主流になっていて、棟梁も手刻みの技が発揮できない、伝承されない事に危機感を抱いておられたと記憶しています。慣れない塾生は一日がかりで仕口の片側を仕上げるのがやっとです。小屋の材のほとんどは、棟梁達が休みを返上して刻んでくれました。
泊りの夜は、自炊や持ち寄った料理でいつも遅くまで大宴会になるのが普通でしたが、ある朝起きてみると、一人の棟梁が私のノミを研いでくれていました。私が仕口をなかなか仕上げられずにいるのを見て、ノミの切れ味を増すために時間を割いてくれたのです。研ぎ上がったノミは、昨日と同じものとは思えないほど、私の弱い力でも良く切れるようになっていました。刃物は手入れの仕方で発揮する性能がまるで違う、それを実感する出来事でした。
今、大工と呼ばれる人達の多くは単なる現場作業員となり、高い技術を持った方々も、100キロ近いサッシを持ち上げるような過酷な労働を強いられていると聞いています。だから新規就労者も少なく、反る・曲がるといった木材の性質を見極めて使いこなしてきた、大工の能力に頼ることができない時代を迎えているのです。その危機を乗り越えるために開発された、木造大型パネルという技術を、国産材の活用にもつなげたい、そんな思いが私を駆り立てています。
文月ブログ
毎回、楽しみにしてます。たくさんの体験をされているのですね。
コメントありがとうございます。毎日少しずつですが書き続けたいと思います。