文月ブログ

十勝で出会った新しい林業に挑む人々

北海道全域が雪の予報なのに、帯広だけは晴れ。朝の天気予報に、日高山脈に守られて太平洋側と区分される十勝の天の恵みを感じた。三年にわたった、林野庁の「新しい林業経営モデル実証事業」の総まとめ時期にあたり、参加企業を視察させて頂くと共に、この事業の実施主体となった協議会の報告会にオブザーバー参加する機会を得た。
「新しい林業」事業は全国で12地域が取り組んでおり、それぞれ林業経営体と、地方公共団体・大学などの支援機関がタッグを組むのが条件となっている。十勝では大阪林業株式会社という地域の有力な種苗会社が事業主体となり、素材生産や造林を行う企業が協力、森林総研や北海道林業試験場が支援機関として関わっている。事業は①生産計画・資源把握 ②素材生産・流通 ③造林・保育 の3パートに分けて行われた。①ではドローンで取得したデータの解析による生産計画の効率化や出材量の予測精度向上、②ではICTハーベスタのような専用機だけでなく、一般普及機を活用した完全機械化作業システムの構築、③では植栽位置誘導装置を活用した造林の機械化・効率化、これらにおいて社会実装の可能性を大きく拡げる成果を出している。
事業の詳細はいずれ公開される予定なので、ここでは私が感じたことのみをお伝えしようと思う。一つは公的機関と民間の意識の差、もう一つはその差を埋める力になり得る協議会組織のフラットさだ。
協力企業の一つ、サンエイ緑化の邊見(へんみ)社長はこの三年間、自らの社有林を実証実験の場として提供し、作業を止めては計測する、面倒極まりない実験に協力してきた。その過程でご自身が得たものは大きいと仰るが、その試みが実利に繋がるかと言うと、大きな障壁があるのが現実だ。トドマツをハーベスタで造材し、径級別本数や材積をデータ化、山土場で人が行う検収結果と、丸太の末口径などを図れる機械を持つ製材工場で受け入れした結果を比較すると、その誤差は極めて小さく、98%~102%の間に収まることが分かった。しかし、樹皮の厚さの捉え方や、2センチ括約という木材業界の商習慣が壁になり、ハーベスタのデータだけで取引を行うことを認めてもらえないと言う。欧米では上下5%程度の違いは受容するような協定が結ばれているそうだ。社長は、この地域でも第三者が年に一度精度検証するといったルールを作り、推進していかないと何も変わらないと発言された。
研究者や公的機関の方々は、ある程度仮説を裏付ける実験結果が出れば、それで十分ご自身の成果として報告書や論文が書けるのかもしれない。しかし民間事業者は、物流で言うところのラストワンマイルを埋め、最終目的地まで届けなければ利益を得ることができない。邊見社長の訴えは、同席した公的機関の皆様にどの程度響いたのだろうか。私は少し疑問に思った。
一方で、夜の懇親会では、誰もその場を仕切る人がおらず、会が中々始まらないという珍場面に遭遇した。普通は言わなくても誰かが仕切るものだけれど、この協議会には「オレが」と出しゃばる人がいない。そこは、今回の視察を受けて下さった森林研究・整備機構フェローの佐々木尚三氏の存在が大きいのかもしれない。農学博士で深い知見や多くの経験を持ちながら、少しも偉ぶることなくフットワークも軽い。誰もが話しやすい雰囲気を作り、この事業を支えてこられたキーパーソンの一人なのだろう。
佐々木氏は、せっかくできたこの集まりと生まれた成果を、事業終了後も維持し、発展させていきたいと考えている。お金や労力の問題など具体化には困難も伴うが、この人達ならきっとやり遂げ、実験から実装への道筋をつけていくに違いない。広大な十勝平野と雪を被った日高山脈を飛行機の窓から見下ろしながら、私も何かお手伝いができたら、と感じた訪問だった。

 

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