15㎝×25㎝の黒いビニール片を木製の型枠に置き、培養土をコップで掬ってその上に載せ、押し固めながら巻いて筒状にしたものを、穴の開いた苗木ケースに差し込んでいく。B型作業所の障がい者の方々は、それぞれのペースでゆっくりと丁寧に、黙々と作業を続けていた。私だったら1時間もすればウンザリしそうな単純作業を、彼らはひたすらやり続ける能力を持っている。
佐伯広域森林組合は、10年ほど前から自前での苗木生産に取り組み、最近では年間30万本を出荷している。人手が欲しい組合と、仕事を探す福祉施設の経営者が出会うことで、健常者には辛い作業が、障がいを持つ方にとっては収入を得られる得難い仕事なのだという気づきに繋がった。
佐伯の担当者は当初、仕事をしてもらうのはいいが、施設側が彼らの収入をピンハネするのではと疑問を持ったそうだ。しかしその施設を運営するNPO法人の理事長は、国の仕組みを丁寧に説明してくれた。B型作業所で働く人の給与は国から支給される。障がい者が働いて得た収入は、全て本人達に分配される決まりだ。そして全国のB型作業所で働く障がい者の平均時給は200円程度だが、ここでは400円を支払っていると言う。もちろん、最初から全てが上手くいった訳ではないが、組合と施設が互いに努力を積み重ね、今では当初の予定数量をオーバーするほど生産性が上がったそうだ。
理事長は言葉を続けた。「ここでの仕事は産業革命以前の手作業です。あまり稼ぐと生活保護費を削られてしまうなどの問題もありますが、彼らにとって、通帳に振り込まれる給与は自己承認の証なのです。ニコニコしながら眺めていますよ。」そして更に語気を強めた。「企業が従業員への教育研修にお金をかけるのは人材への投資です。しかし、障がい者に対しては、ほんのわずかな金額しか投資がされていない。私はその状況を変えるためにも、知恵を絞って彼らの仕事を拡げていきたい。」その目には、深い慈愛と共に、社会正義の実践に挑む強い光が宿っていた。
次に向かったのは、もう少し障がいの程度が軽い人々が働くA型作業所だ。こちらは社会福祉法人の理事長が私達を作業現場に案内してくれた。ここで働くのは、身体的な障がいが無く、一定の理解力を有する精神疾患の方が中心だ。大きなビニールハウスが何棟も並び、野菜や花などの農作物を栽培している。
ここで見たのは、冒頭で紹介した培養土に杉の穂を挿し、十分に育ったものを山行き苗として出荷する作業だ。働く人々は、施設側が作成した写真付きのマニュアルに沿って、苗木の高さや中心部分の伸び方が規格に合っているかどうか、一本一本丁寧にチェックし、下からはみ出た根を切り、変色した葉を取り除いてビニールのカバーをはずし、10本ずつ重ねてラップで何重にも外側を覆っていく。こうすることで、植栽まで一週間から10日程度、放置しても枯れることは無いそうだ。
ここの理事長の悩みは、最低賃金の引上げだった。A型作業所では、働く人に最低賃金以上を支払わなくてはならない。今年、大きな引き上げがあったばかりなのに、来年は更に上がるというニュースに顔を曇らせていた。そんな状況の中、苗木生産は他の作物と比べて収益率の高い仕事だそうだ。農産物はどうしても激しい競争に晒される。見た目の良さが求められ、豊作になれば値崩れもする。それに比べると、苗木は安定した価格で必ず引き取ってもらえるからだ。農業と福祉を組み合わせた農福連携という言葉は知っていたが、市場原理の中で現実は決して甘くない。しかし林業は、農業に比べて遥かに長い時間をかける仕事で、事業者の数も少ない。
何よりも私が感じたのは、障がい者の方々の時間と、樹木の時間がゆるやかに重なっていることだ。効率優先、スピードを重視する社会では弾かれてしまう人々。一方でそれは、ゆったりと流れる時間を味方にする能力を持っているとも言える。山には様々な木が生えていて、製材品になる木ばかりではない。それでも山で働く人達は、適材適所で少しでも生かして使おうとする。障がい者施設との連携を進めた佐伯の担当者には、その経験が体に染みついていたのではないだろうか。「単純作用は機械化できるかもしれない、でもそこには愛が無いじゃないですか。」ベタな、しかし真剣な彼の言葉は、働く人々の手を通して、山腹で育つ苗木に力を与えていると思う。
文月ブログ
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