文月ブログ

この木どこの木?

これは昔、木材トレーサビリティの重要性を多くの人に知ってもらうためのキャンペーン用に考えた稚拙なキャッチコピーだ。大手家電メーカーのCMで流れるフレーズの認知度を利用して、「何の」じゃなくて「どこの」なのは何故?という疑問から説明の糸口を掴めないかと思ったのだ。ほとんど成果を出せなかったが、久しぶりに思い出したのは、結局、日本の森林を活用できるようにするためには、遠回りに見えてこれが一番の近道かもしれないという考えからだ。
不動産情報は全ての人に開かれている。面積や境界、所有者などの情報を基に、土地や建物の取引が活発に行われることで、地域の経済が潤い、街の新陳代謝が進む。
一方、森林の情報は閉ざされている。そもそも所有者や境界がはっきりしない場所が多く、それが一番大きな問題ではあるのだが、地籍調査が完了し、自治体や金融機関がお金を出して森林資源の調査・解析まで終わっているのに、個人情報を盾にして情報を秘匿するケースが多い。それは一体何故なのか?
考えてみると、一般の不動産の場合、空き家を不法に占拠されても判明した時点で追い出せば良いし、建物を破壊しただけでは何の利益も生まない。情報を利益に変えるにはルールに沿って取引を行い、建物のリフォームや建て替えなど、投資をしなければならない。
しかし森林の場合、そこにお金になりそうな良い木が生えているという情報は、悪質な事業者にとって簡単にお金を得られる悪魔の囁きだ。人に知られないように道を付け、木を伐採して運び出す、森を破壊するだけで利益を得ることができてしまう。そこまで悪質でなくとも、別の事業者に伐採契約を持っていかれる、といった理由もあるだろう。
林野庁の資料でも、合法性が確認された木材は全体の約40%という表現が使われている。これは、木材がどこで伐られたものか、わからないのが普通という有史以来の状況がもたらす悪循環だ。そして林業・木材関係者の中には、伐採量や質をごまかす、嘘をつく、ということを商習慣として恥じない人もいる。私は以前、ある林業会社の社長から、デジタル化なんて進めたら全量が把握されてしまう。中小企業は何があるかわからないから、売上を過少申告するのは当たり前だと明言されたことがある。
本当にそれでいいのだろうか?
私は森林列島再生論の中で、デジタルの波を全国の森林に行きわたらせたい、と書いたが、改めてそれが必要なのだと強く思う。電波の届かない伐採現場には移動式の通信設備を設け、高性能林業機械にGPSを付け、作業班の生産記録を全てデジタル化する。伐採届もデジタルを基本とし、予測される生産量と乖離が大きい時は査察が入る。出荷時には伝票にいつどこで伐採された木材かという証明を付け、取扱量の入りと出に齟齬がないかチェックする。そうやって合法性が確認された木材が優先的に買われる、あるいはJAS材にそれを義務付けるようにすれば、違法に伐採された木材の売り先は無くなっていくだろう。そうして初めて、森林資源情報を安心してオープンにできるのかもしれない。
そんな面倒なことを、と関係者は思うかもしれないが、今月、手元に届いた住民税の通知には、「森林環境税」という名目で1000円が追加されているはずだ。その総額は600億円にもなる。そしてそれ以前にも、林業関係者のほとんどは年間数千億円と言われる補助金の恩恵を得て仕事をしている。林業のデジタル化を大胆に進め、「この木はどこから?」という問いが普通になる状況を作れたら、森はみんなが活用できる開かれた場所になるのではないだろうか。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP