文月ブログ

森と一体になる日

「対象との距離感が大事。」「海に入る時はいつも、お邪魔しますと心の中で呟いている。」50年以上ものキャリアを持つ水中写真家の中村征夫氏の言葉だ。驚いたのは、中村氏が沖縄の美しいサンゴ礁と共に、東京湾での撮影を長く続けていることだった。
工業地帯が続く袖ヶ浦市の岸壁のすぐそば、ほとんど視界の効かない濁った水の中にも、シャヤコやカニ、タコなど多くの生き物が生息している。彼らは空き缶や古靴のようなゴミを住み家として利用し、逞しく生きている。見通しが悪いから、写真を撮ろうとすると直近までカメラを寄せなくてはならない。そこから生まれたのが、生き物の顔を正面から捉えたドアップの写真。それが中村氏の独特の撮影スタイルになった。
沖縄の海で岩に群れる小魚を見つけた時、中村氏は慎重に間合いを詰めていく。これ以上はダメと思う距離(5~6mか)までゆっくり近づき、じっと待つ。すると魚達もカメラマンの存在に慣れ、いつもと変わらない姿を見せてくれる。海の中で、誰の邪魔もしないように気配を消していると、いつの間にか魚に囲まれていることもある。夜行性で警戒心の強いサメの一種が自分に向かって泳いで来て、ほとんどぶつかると思うほどスレスレで通り過ぎる。そんな時、海と一つになれたかなと思うそうだ。
森はそれだけで神域だ。入る時は「お邪魔します」という気持ちを持とう。木と木の間隔や見上げた時の塞がり具合、樹高や太さ、下層植生の様子、枝打ちの痕、それらは理解の助けにはなるけれど、むしろ少ない知識より感覚を信じて、機嫌を伺い、森の印象を心に刻むことが大事なのかもしれない。いつか木々達が交わすコミュニケーションに入れてもらい、森の一部になれる日を夢見て。

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