この本の副題は「海のまちの森林組合、復興からその先へ」、釜石地方森林組合の人々が、東日本大震災に続く山林火災や台風被害をどう乗り越えて来たのか、新聞記者から復興支援員に転身した著者「手塚さや香」氏が間近で見、丁寧に取材した内容を加えて記録したノンフィクションである。折りしも、4月22日に発生した大槌町の山林火災は鎮圧の目途が立たず、3日目にして消失面積が既に1,100㏊を超えたという。釜石地方森林組合は大槌町と釜石市の山林を管理しているので、あれだけの災厄を経験した彼らに、何故天は再び大きな試練を与えるのだろうと切ない気持ちになる。
この本は、森林組合の参事兼事業課長、高橋幸男氏の視点から書かれている。漁師の家に生まれながら、森林破壊が海の荒廃にもつながると林業に興味を持ち、1983年、就職難で40倍という狭き門をくぐって採用された高橋氏がどんな仕事をしてきたのか、森林組合の成り立ちや、小泉改革による補助金削減という業界への大激震、木材を販売して利益を上げていく時代への適応、そして上司と同僚4人を失い事務所も流された東日本大震災直後の様子と、その痛手から這い上がる日々、尾崎半島の山林火災や台風被害などを経ながら、復興に地元の材を使いたいという願いを叶え、未来に向かっていく姿。それは元新聞記者らしい、的確で読みやすい表現ながら、強い思い入れが伝わってくる文章だ。
心を掴まれる多くのエピソードから印象深いものを一つ選ぶとすれば、震災後、最初から地域材の活用に積極的だった大槌町に比べ、釜石市では「鉄の町」という看板を理由に、地域材活用がほとんど進まなかったという事実だ。地域に繁栄をもたらした鉄鋼産業とその裾野の広さは、縮小したと言っても、いやだからこそ、鉄骨を中心とする建設業者の利権という形で復興需要に群がり、地元の木材など顧みられない状況を生んだのだろう。山林火災で焼けた森の木を、鵜住居復興スタジアムの木製シートという形で、かろうじて使用することに成功したのは、高橋氏をはじめ諦めなかった関係者の粘り勝ちだと思う。
また、金融機関のバークレイズが復興支援として林業スクールに資金を出してくれた際、そこに最先端の林業を導入したいとする研究者達が乗り込んできて高橋氏と対立したという話も興味深い。最終的には、広い視野を持ち地域に根差した人材育成をしたいという高橋氏の意向が反映され、5年間で115人もの卒業生を送り出した。先端的な林業をやろうとした研究者も、それがいずれ必要になる事を考えて強く推進したのだと思うが、林業現場だけをIT化したところで、木材サプライチェーン全体が効率化できる訳ではないことは、その後行われた多くの補助事業を通じて明らかになっている。地域を良く知り、高い目線で未来を捉える人が増えて行けば、地域を巻き込んだ真のサプライチェーン構築が可能になっていくだろう。
大槌町の森林火災は、残念ながら尾崎半島の火災の倍以上の規模になってしまった。不在の山主も多いなか、森を回復させていくのは容易な仕事ではないだろう。AIを駆使した森林直販によって木材を高く買い、再造林費用を賄っていく事業が役に立つかどうか、釜石地方森林組合の人々に説明させてもらう機会があればと思う。そのためにも、一刻も早く火災が鎮圧され、大槌の人々が安心して暮らし、前を向ける日が来ることを心から願っている。
文月ブログ
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